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じーこさんず(戯言)

ジーコさんのワールドカップが終わりました。
対オーストラリア 1-3
対クロアチア   0-0
対ブラジル    1-4
1分2敗。
これが彼の成績であると同時に今の限界でもある。

彼は監督として一生懸命やったでしょう。
そして彼にとって今大会は良い勉強になったことでしょう。
大舞台でどういう指揮・采配をしたらいいか。
選手のレベルの低いチームを率いる場合どうしたらよいか。
間違いなく今後のジーコさんは今回を糧として成長するでしょう。

でも日本はそれでいいのか?
日本代表はジーコさんが監督として成長するための場だったのか?

ジーコさんは日本がブラジルのようなサッカーが出来ると考え
それを実践した。

選抜を意味する「セレソン」と呼ばれるブラジル代表は、一人一人の個人技が
誰も彼も世界最高レベルなのでそれこそ監督やコーチが何を教えるまでもなく
セレクトさえしてやればチームは自然と世界最高レベルになる。

翻って日本。
確かに中田英をはじめ、中村俊輔、小笠原、小野伸二とテクニックに優れた
選手が中盤に多く占め、それが日本最大の特徴だと世間では思われていた。
ジーコもその中盤をブラジル流にまとめようとしてショートパスをつなぐサッカー
を嗜好した。
だがこのテクニックに優れるといわれる中盤の選手達も、それは国内やアジアでの
話しであって、実は世界レベルで言えば必ずしもトップレベルではないことが
今大会で図らずも露呈してしまった。86年の黄金の中盤になぞらえることが
多かったが、やり方が似ているだけで、実力は似ていなかった。

加えてジーコさんはチーム内での規律をほとんど決めてこなかった。
ライン統率の仕方や、プレスに入る位置、ボールの切り方、ポジショニング、
カバーリング等については全て選手が話し合ってまとめて来た。
そんなイメージがある。(イメージなので実際は多少違うだろうが)

監督にはジーコさんのようなセレクション型の監督と、トルシエのようなキッチリ
自分の戦術の型にはめたがる規律型の監督に大別される。

日本は選手個人のレベルでは世界に劣るため、個人の不足分を組織で
補わなければ成らない。個人が120%の力を出して初めてチームが勝ち負け
できる。そういうレベルだ。個人の力を120%出させるためには力を出しやすい
状況(組織)を監督が作ってあげなければ成らない。ジーコさんはそれを「自由」に
求めたが、結局日本は「規律」をベースにしなければ力を存分に発揮できない
のだと思う。

日本はこの後、ジーコさんに代わる監督を選ぶことになる。
「規律型」のトルシエ
「自由型」のジーコ
2大会でどちらのタイプも経験した日本は今後どういう方向を選ぶのだろう。
協会の強化方針に注目したい。

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